020 ジパング(Zipang)伝説検証
マンダム 記
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現在の世界地図で Japan (ジャパン=英語読み)と書かれる日本のことについてはモンゴル王朝(元)の時代にマルコポーロが Zipang としてイタリアで「東方見聞録」という旅行記を著したことから始まります。 Zipang(ジパン)がジャパンに変化したのは理解できるので、なぜニホン/ニッポン(日本)が Zipang になったかを考えてみました。 マルコポーロが滞在した元王朝では隋・唐の時代から引き継いだ漢字が使われており 既に交流のあった我が国のことは漢字で 日本 と書かれていたと思われますが、その読み方(発音)はどうであったかが重要になります。 わが国でも ニホン:ニッポン と二つの呼び方があり、 一つずつの文字の読み方は 日 が 大和言葉では ヒ であり、日付や太陽のことを指す言葉ですが、音読み即ち中国音読みでは ニチ と ジツ の二つになります。 本 のほうは 大和言葉では モト で、中心や根本を指す言葉ですが、音読みでは ホン となり、前の字に続くばあいには ポン や ボンとなる。ニチやジツも 次の言葉に続くときには ニッ ジッ と変わる時がある。 漢音には北京語と地方語で読みが異なり、日:ニチ が唐音、日:ジツ が地方語(呉音)の可能性が強い。司馬遼太郎の本では?南語(ビンナン語)読みが二つ目の漢字発音として最初に日本に伝わっていたという。 平城京、平安京の時代に伝わってきた正式の唐音は 日=ニチ ですが、官吏がつかう言葉で都言葉だったと思われます。 それ以前に中国語としては、貿易や船の往来では呉音(上海から香港にいたる揚子江以南の地方の言葉)が使われこれが通常の話し言葉として伝来していたと考えられます。唐の時代に伝わってきた正式の漢音は濁らない清音でしたが、呉音のほうが先に伝わっていた中国語だったのです。 日本という文字は日本人にとっては ニッポン(ニホン)ですが、文字の読み方としては ニチホン;ニッポンという系統の読みと、ジツホン;ジッポンと2系統の読み方に分かれることになる。 日中交流が始まり、中国に日本の国名が伝わったのは 最初は漢が滅んだあとの3国時代が収まった頃(最初は魏)であり、 博多湾から出た金印はそのころの魏の皇帝からです。 海上交通の交流先は内陸の都ではなく、シナ海沿いの上海に近い寧波(ニンポー)だった様子。 この地方から伝わってきた中国語の発音は当然都言葉ではなく、呉音であり、日という文字はジツと発音されていたのです。 当時は日本と言う国名は確立していなかったと考えられますが、文字としての日本はジッポンと発音されたと思われます。 この間日本も九州の王朝から大和王朝へ移行してゆく時期ですが、中国も隋や唐の時代へ移り変わっていきました。 平城京・平安京の時代には隋や唐との正式な交流が始まり、中国の都言葉(正音)が新たな漢字の読み方(発音)として伝わってきたと考えられます。 これ以降は日はニチになったと考えられます。 マルコポーロの時代は元ですが、唐が滅んで宋となり、最後に南宋が征服された後ですから、南宋の支配層を政治にも利用したことから、元王朝では南宋で使われていた呉音が使われていたと想定できます。 元の皇帝に優遇されたというマルコポーロは 日本という文字を ジッポン に近い発音で聞かされたと想定されます。 ここから ジッポン ジパン となり、 ZIPANG と書かれる ローマ文字となってイタリヤへ持ち帰られたというのが真相でしょう。 なお、中国では最後の G は発音としては明瞭なものではありません。 Hong Kong(香港) を ホングコング と言わずに ホンコン と言い、 同じく Shang Hai (上海)をシャングハイと言わずに シャンハイ というのは誰でも知っていることです。 このことから Zipang はジパングではなく、ジパン と発音すべきだと理解できます。 さらに英国人がイタリヤ発音のジパンをを英語でジャパンと記述したのが JAPAN となって、現代世界中でそのように書かれることになりました。 ジッポン(日本) → ジパン → ジャパン という変化ならどなたも理解できるところです。 読み方は国によりローマ字の発音がちがうので、英米では ジャパン ですが、ヤパン(ヤーパン)だったり、ハポンだったりします。 ニッポンを NIPANG と書くつもりが、手書きの走り書きで N が傾いて Z に見えたという 想像もありますけどね (~~♪ 。 現代の北京語では 日本 は リーベン と発音され 台湾では ズーベン の違いがありますが、台湾は福建と隣り合わせで呉音の世界ですから 日 を ジツ と読むのが更になまっているのかも? 同じ漢字を使う台湾では北京語と並んでビンナン語も使われるので複雑です。日本人と書いてなんと発音するかと聞くと ズーベンレン だという。 タイでは ジープン と呼ばれます。英語からきた言葉で無く、戦国時代からアユタヤ朝(シャム:サイアム)と山田長政との関係があり、福建(潮州人が多いとされている)などからの中国移民も多かったので 日本(ジッポン) からの変化と考えられる。 音読みが中国の発音なのですが、日本に伝わった当時から見ると大幅に発音が変わっています。 北京とかいて 大和時代に伝わってきた隋や唐の発音なら ホクキョウ のはずですが、麻雀が伝わった近代では ペイキン:ペイチンからペキンになり、現代では ベイジン と発音されます。 漢語の ニチホン:ニホン:ニッポン ではなく、呉音の ジツホン:ジッポン が ジャパンとなって生きていると言える。 なぜニッポンがジパングになりジャパンになったかについては以上の解説で理解できると思います。少しも不思議じゃなくちゃんと筋が通っているのです。 日本という文字の読み方は 日本人が 読んでも ニッポンだけではなく、ジッポンもあるのです。 マルコポーロが旅をした 元帝国では 日本をジッポンに近い発音をしており、ローマ字で書き留めたのが Zipang (ジパン)だったのです。 最初に日本へ伝わった時代から歴史を経ているので、発音は変化しているのでしょう、彼がイタリアへ帰国してから回顧録(東方見聞録)を記述したときにローマ字で書き記したことばは Zipang だったということです。 日本と言う文字の読み方としては 大きく外れてはいないことになる。 頭を柔らかくして考えると色々と見えてくるものがありますねぇ (~~♪。 2015.11.16. マンダム |